Vanishing Point Re: Birth 第5章
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日翔の
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せる辰弥をよそに、今度はアライアンスから内部粛清の依頼が入る。
簡単な仕事だからと日翔を後方待機にさせ、依頼を遂行する辰弥と千歳。
しかし、その情報は相手チームに筒抜けになっており、その結果、辰弥は千歳に自分が人間ではないことを知られてしまう。
帰還した辰弥は念のためにと手配された闇GNSクリニックに赴き、精密検査を受ける。
その帰り道、鏡介に「秋葉原には気を付けろ」と言われたことについて考える。
自宅に帰った辰弥は今度は不調の検査のために渚の診察を受ける。
原因は不明だが、「急激に老化している」らしい。
もしかしたら長く生きられないかもしれない、そう考えるものの寿命などあてにならないと言われる辰弥。
それよりも、日翔に幸せになってもらいたい、と願う。
「サイバボーン・テクノロジー」から新たな依頼が届く。
それは弱小メガコープ「アカツキ」を攻撃するというものだった。
依頼の決行日、鏡介のバックアップを受け、三人は手分けして爆薬を「アカツキ」本社ビルへと仕掛ける。
爆薬を仕掛け終わったのに
迎えに行った辰弥が見たのは呼吸困難を起こし、倒れた日翔だった。
日翔を回収したものの謎の不調が発生する辰弥。
それを見て、千歳が「カタストロフ」に行きませんか、と提案する。
帰宅し、日翔は渚の診察を受ける。
その結果、彼はもう限界だということで鏡介の手によりインナースケルトンの出力を落とすことになる。
インナースケルトンの出力を落とされ、眠らされた日翔を正視できず家を飛び出す辰弥。
街をさまよい、どうすればいいかを考える。
辰弥が帰宅すると、日翔が家から姿を消していた。
いるなら屋上、と屋上に駆けあがった辰弥は自分の頭に銃を突き付け、飛び降りようとする日翔を見つける。
「役に立てないなら生きていても仕方がない」と言う日翔に、辰弥は「希望はまだある」と告げる。
ALS治療薬の治験を受けられるように戦っていると打ち明ける辰弥に、日翔は「本当は死にたくない」と呟く。
帰ろう、という辰弥の言葉を受け入れる日翔。
その中で、辰弥の心には千歳がいる、しかし自分は鏡介同様彼女を信じることができない、と言う。
数巡後、辰弥は千歳と買い出しに出かける。
日翔のことを考えこむ辰弥に、千歳は「一回、考えるのやめます?」と誘う。
どれくらいの時間が経過したのか、視界に映る時計で確認すると数時間が過ぎていた。
帰らなきゃ、と思いつつも人体の素肌を模して作られた千歳の義手の感触から離れられずにぎゅ、と彼女を抱きしめる。
「……辰弥さん、案外甘えんぼさんなんですね」
千歳が笑う。
その笑顔が眩しくて、辰弥がうん、と苦笑する。
「日翔と鏡介以外に優しくされたのって……あんまりないから」
そうですか、と千歳が指で辰弥の髪を梳く。
「……何かあったんですか?」
不意に、千歳にそう尋ねられて辰弥は思わず彼女の顔を見た。
「何かって……」
「この間の依頼で天辻さんが倒れてから、辰弥さん、ずっと思いつめてるようですから」
その言葉に、辰弥は「ああ、千歳は理解してくれる」とふと思った。
千歳になら、全てを打ち明けてもいいかもしれない。
もしかしたら、何かの答えを出してくれるかもしれない。
そう思うと、言葉が勝手に口をついて出た。
「……日翔が自殺未遂した」
「天辻さんが?」
驚いたように声を上げる千歳。
うん、と辰弥が頷く。
「日翔はもう現場に立てない。これからの依頼は俺と千歳でこなすことになる」
「……そうですか」
あっさりと、千歳は辰弥の言葉を受け入れた。
初めからそうなるのは分かっていた、と言わんばかりの反応に辰弥は「千歳は元々日翔が現場に立つのはあまりいい顔してなかったもんな」と考える。
「だけど、暫くは『サイバボーン・テクノロジー』の依頼を優先的に受けることになると思う」
「……どうして」
当然の疑問。
千歳は辰弥たちが「サイバボーン・テクノロジー」の依頼を受けるのは日翔の借金返済を早く終わらせるために敢えてハイリスクハイリターンの依頼を受けていると思っている。
まさかALS治療薬の治験の権利を得るために依頼を受けているとは夢にも思っていないだろう。
千歳に隠し通すことはできる。それでも、千歳にこれ以上黙っているのも申し訳ない。
「『サイバボーン』と契約したんだ。『サイバボーン・テクノロジー』がALS治療薬の専売権を得られるよう裏工作するのを手伝うから日翔に治験を受けさせて、と」
「……」
千歳が沈黙する。
その沈黙だけで、辰弥は「そうだよね」と納得する。
日翔一人のためだけに千歳を危険にさらしているのだ。これは詰られても仕方がない。
これがきっかけで千歳に拒絶されても構わない。本当は離れたくないけれども、千歳が離れたいと言うのなら追いかける権利はどこにもない。
しかし、千歳は一度は沈黙したもののすぐに表情を緩めて再び辰弥の髪を梳いた。
「……頑張ってたんですね」
「……え」
思いもよらなかった千歳の言葉に辰弥が声を上げる。
「だったら、猶更辰弥さんは『カタストロフ』に入った方がいい」
先日、提案したことを再び千歳が提案してくる。
「どうして」
「この間、連絡した時に聞いたんです。『カタストロフ』は『榎田製薬』と契約してALS治療薬の専売権を『榎田製薬』にもたらすよう働きかけている、と。話を聞いた限り、『グリム・リーパー』と『サイバボーン・テクノロジー』の契約は対等じゃない。確かに金銭的な報酬も受け取ってるかもしれませんが、治験の席を確保するための代償があまりにも大きすぎる。現に辰弥さんも不調じゃないですか。でも、『カタストロフ』と『榎田製薬』の契約は対等なんです。それに、『カタストロフ』は今治験の権利を得てもそれを使う人がいない。だったら」
そこで一度言葉を切り、千歳が辰弥の目を見る。
ほんの一瞬揺らいだその黄金の瞳に小さく頷く。
「辰弥さんは『カタストロフ』に入って検査と治療を受ける。その上で『榎田製薬』に治療薬の専売権をもたらして治験の権利をもらえば天辻さんを助けられるんです。リスクはないとは言いませんが、辰弥さんにも天辻さんにもメリットは大きいはずです」
「俺が『カタストロフ』に入ったら……日翔が助かる……?」
ええ、と千歳が再び頷く。
「『グリム・リーパー』が単独で背負うには重すぎる契約なの、分かってないんですか? その点、『カタストロフ』は全体で『榎田製薬』と契約してます。辰弥さんが何もかも背負う必要はないんです」
だから、と千歳が説得する。
一瞬、「カタストロフ」に行くべきか、と辰弥は揺らいだ。
千歳の言葉が本当なら、辰弥が「カタストロフ」に行くだけで日翔が助かる可能性は格段に跳ね上がる。『サイバボーン・テクノロジー』のあの厭味ったらしい医薬品販路担当部門専務のジェームズから無理難題を吹っ掛けられなくて済む。
それに、ここ暫く発生する辰弥自身の不調ももしかしたら治療できるかもしれない。
確かにデメリットよりもメリットの方が大きい話だ。
この話に乗った方がいい、そう思えてくる。
しかし、それでも辰弥はすぐに首を縦に振ることができなかった。
――それなら、鏡介はどうなる。
いや、鏡介だけではない。恐らくは日翔とも一時的に離れなければいけなくなる。
それに、今更「サイバボーン・テクノロジー」に「話はなかったことに」と言うことも難しい。
下手をすれば途中で裏切ったと報復してくる可能性も出てくる。
報復自体はそこまで怖くはないが、それでも日翔と鏡介から離れることには抵抗がある。「カタストロフ」に入ってしまえば日翔を助けられたとしても二人と共に生きることはできなくなるかもしれない。
辰弥の「カタストロフ」入りには千歳もついてくるとは言っている。だから一人きりということはないがそれでも長年連れ添ってきた二人を捨てるのは心が痛む。
二人も一緒に、と言いたかったが、日翔は余命幾許もない病人、鏡介は「組織に入るくらいならソロで活動する」と言いかねない頑固さがある。全員での加入は難しい。
どうすればいい、と辰弥は自問した。
千歳の提案は魅力的だが断るべきかもしれない、という考えの方がわずかに強い。
「……もう少し、考えさせて」
色々考えて、出せた答えがこれだった。
今すぐには決められない。決めるにはあまりにも迷いが大きすぎる。
「いいですよ。納得できるまで考えてください」
優しく、千歳が言う。
「でも……悠長なことを言っていると、天辻さんを助けられませんよ……?」
そうだ。
治験の日程は決まっている。それまでにその席を確保しなければ何の意味もない。
どっちつかずの考えでいてはどちらの可能性も潰えてしまう。
だから早く答えを出さなければいけないのは分かっていた。
それでも、答えを出すことが怖くて、決断できない。
それに、辰弥にはもう一つ不安があった。
それは治験の席が確保できてからの話。今考えても仕方ないことではあると思う。
「……日翔には治験の席を確保したい、それは本心で思ってる。だけど、もしそれが叶うとして……もう一つ、不安がある」
「まだ不安要素が?」
不思議そうな千歳の声。
自分の提案に不安要素なんて何一つないはず、と言いたげな彼女に辰弥は打ち明ける。
「治験の席を確保できたとして、日翔が治験を受けることができたとして、でも、その薬が日翔に効かなかったら……。もし、『カタストロフ』に入ってそうなった場合、俺は無駄にたくさんの人に迷惑をかけることになる」
辰弥の言葉に、千歳は「優しい人」と呟いた。
自分とは関係ないはずの多くの人間に気遣えるほど、鎖神 辰弥という存在は優しかった。
「……大丈夫ですよ」
優しく、千歳が言う。
「元々『カタストロフ』に治験の席は不要なものなんです。『榎田製薬』だって天辻さんに渡さなければ他の誰かに渡すのでしょうが、その人だって絶対に効果があるとは限らないじゃないですか。だったら、辰弥さんにとって一番怖いことは『色んな人に迷惑をかけること』ではなくて『天辻さんを喪うこと』じゃないんですか?」
それはそうだ。多くの人間に迷惑をかけるのが怖いとは言ったが、それは逃げで、結局のところ、日翔を喪うのが怖いのだ。
あの時、マンションの屋上で日翔が自殺しようとしたときの会話を思い出す。
保護者だからと言った日翔は「『父さん』と呼んでくれ」と言った。
あれは、辰弥としては「死ぬ前に一度は呼ばれたい」からそう言ったのだと認識した。
だから「今は呼ばない」と拒絶した。
だが、そのまま、呼ぶチャンスを失ってしまえば。
「カタストロフ」に行って、治験の席を手に入れて日翔に新薬を渡すことができても効かなかった場合、彼の最期に立ち会えるかどうかは分からない。もしかすると看取ることすら許されないかもしれない。
もしそうなった場合、辰弥は日翔の望みを永遠に叶えられなくなる。
恐らく、それが怖いのだ。
自分がいないところで日翔が死ぬのが怖い。日翔の望みを叶えられないのが怖い。
だから、「カタストロフ」に行けない。
千歳が辰弥を抱きしめる。
「こんなこと言っても、辰弥さんの慰めにすらならないのかもしれませんが――私がいますよ。天辻さんを助けられなかったとしても、私は、辰弥さんの傍にいますから」
「千歳……」
辰弥の、千歳の背に回す腕に力が入る。
千歳の手足は血の通わない義体ゆえにひんやりしていたが、背中は温かかった。
その温もりに、「千歳は俺を受け入れてくれる」と実感する。
「私は、辰弥さんの身体の方が心配なんです。辰弥さんが無理をして倒れた場合、天辻さんが悲しみますよ? だから、『カタストロフ』に行きましょう。何も、怖くないですから」
「……」
辰弥は何も答えない。答えられない。
いくら千歳に「怖くない」と言われても恐怖は常に付きまとっていた。
かつて、研究所で言われた「お前に人間が幸せにできるものか」という言葉が深く胸に突き刺さっている。
今、うんと頷けばみんな幸せにできるのだろうか。
そう思っても、「もし、みんな不幸になったら」という思いが胸を過る。
答えられない。何が最適解なのか、分からない。
学習装置で多くの知識は詰め込まれたが、こういう時どうすればいいかなんて分からない。
誰かに相談したかった。しかし、日翔と鏡介には相談できない。それ以外に相談できる人間なんて誰もいない。
ただ、一人で考えるしかなかった。
千歳がふっと笑う。
「……出ましょうか」
時間ですし、と千歳が話を変える。
「……うん」
そう言って、辰弥は名残惜しそうに千歳から離れた。
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