Vanishing Point Re: Birth 第5章
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日翔の
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せる辰弥をよそに、今度はアライアンスから内部粛清の依頼が入る。
簡単な仕事だからと日翔を後方待機にさせ、依頼を遂行する辰弥と千歳。
しかし、その情報は相手チームに筒抜けになっており、その結果、辰弥は千歳に自分が人間ではないことを知られてしまう。
帰還した辰弥は念のためにと手配された闇GNSクリニックに赴き、精密検査を受ける。
その帰り道、鏡介に「秋葉原には気を付けろ」と言われたことについて考える。
自宅に帰った辰弥は今度は不調の検査のために渚の診察を受ける。
原因は不明だが、「急激に老化している」らしい。
もしかしたら長く生きられないかもしれない、そう考えるものの寿命などあてにならないと言われる辰弥。
それよりも、日翔に幸せになってもらいたい、と願う。
「辰弥、日翔、依頼だ」
辰弥が渚の診察を受けて暫く日数が経過した夕食後、くつろいでいた辰弥と日翔に鏡介が声をかける。
《また仕事かぁー?》
サブスクリプションの動画サービスで映画を見ようとしていた日翔がめんどくさそうにGNSを操作してウィンドウを閉じる。
ああ、と鏡介が二人に、そして自宅にいる千歳にデータを転送する。
「『サイバボーン・テクノロジー』からの依頼だ。ライバル企業への妨害工作を頼みたい、とのことだ」
「サイバボーン・テクノロジー」の名が出た瞬間、辰弥の表情が硬くなる。
治験の席を懸けた依頼。逃げるわけにも、失敗するわけにもいかない。
妨害工作ということは次はどこを攻撃する? と辰弥が鏡介を見る。
「今回のターゲットは――『アカツキ』だな。
そう言いながらも鏡介は辰弥にだけ一つデータを転送する。
それは「アカツキ」もALS治療薬専売権を巡った入札競争に参入しているという情報だった。
なるほど、と辰弥が頷く。
「サイバボーン」は鏡介の言う通り、弱小企業を潰して牽制しようとしている――他の入札企業を。
鏡介から時々状況を聞かされているから分かっている。現在のトップ入札企業は「御神楽財閥」、「榎田製薬」、そして「サイバボーン・テクノロジー」の三社。この三社が激しい入札競争を繰り広げているがそれでもこの三社の潰し合いを利用して漁夫の利を得ようとしている弱小企業も複数ある。
その企業を潰すことで他の二社を牽制し、優位に立とうとしているのだ。
分かった、と辰弥が頷く。
「今回は『アカツキ』の本社ビルを攻撃する。まぁ、『アカツキ』は生身至上主義を貫いている企業だ、『カグラ・コントラクター』みたいに義体兵がゴロゴロしてるわけじゃない。それに奴らのGNSも量子ネットワークで
「アカツキ」はメガコープの一社とはいえ、弱小企業である。それゆえ今まで戦ってきた「御神楽財閥」所有の「カグラ・コントラクター」と比べるのも憚られるほどその力は弱い。企業全体が生身至上主義を貫いているから一部の富裕層から強い支持を得て権威を保っているが、実際は少し突けばすぐに崩れてしまう。
それでも「アカツキ」が崩れずその権威を維持しているのはその「生身至上主義」の富裕層に社会的地位の高い人間が多いからだろう。だからこそ他のメガコープは手が出しづらい状況となっている。
しかし、それをメガコープとは無関係の暗殺者が密かに手を出してしまえば。
どの企業が手を出したか分からないからこそ、「アカツキ」はあっという間に解体される、そう「サイバボーン・テクノロジー」は踏んでいるのだろう。仮に「アカツキ」が「グリム・リーパー」の攻撃だと気づいたところで知らぬ存ぜぬを貫けばいい。
鉄砲玉になれ、という案件だということは辰弥も鏡介も分かっていた。だが、これを受けなければ日翔を治験の席に座らせることができない。
ある意味屈辱的な依頼ではある。しかし、受けなければいけない。
かつてはメガコープの鉄砲玉になんかなりたくない、自分たちはそんな奴らとは違う、そう思っていた辰弥たちではあったが、その誇りを捨ててでも守りたいもの、叶えたいものはあった。
日翔を助けたい。それは、「三人で生きていく」と決めた辰弥と鏡介の最大の望み。
だからこそ、今は泥を啜ろうとも目の間の希望にしがみつく。
《まぁ、今回は楽できそうですね。前回は思わぬ伏兵にやられましたから》
千歳が少々皮肉を込めてそう返してくる。
前回、
結果、辰弥は千歳に自分が人間ではないということを知られてしまった。
それを受け入れてくれた千歳だったからよかったものの、彼女が「こんな気持ち悪い存在と一緒に働きたくない」と拒絶していたらどうなっていたか。
考えていても仕方ないが、幸運に助けられたことは事実だろう。
とにかく、「楽な依頼だ」と言われてはいそうですかと鵜呑みにしてはいけない。千歳はそう言っている。
「で、今回のプランはどうするの?」
辰弥が鏡介に確認する。
「グリム・リーパー」のリーダーでありブレーンである鏡介のことだ、何かしらの攻撃プランは既に立てているはず。
そうだな、と鏡介が頷く。
「本社ビルを爆破したら『アカツキ』の力もその程度だと思い知らせることができるだろう、ということだからな。上まで行く必要はない、低階層に効果的に爆薬を仕掛ければ倒壊させることができる。周りの被害を考える必要もないから派手にやってくれ」
「了解」
鏡介から転送された「アカツキ」の本社ビルのフロアマップを見ながら辰弥は頷いた。
フロアマップには効率よく倒壊させるための起爆ポイントも既に入力されており、爆薬の設置ルート等を頭に叩き込む。
「で、いつやるの?」
日程が気になり、辰弥が尋ねる。
本社ビル爆破となると相当量の爆薬も必要だし準備にも時間がかかる。
辰弥の問いに、鏡介が各種プランを転送する。
「今回、爆薬は『サイバボーン』が準備してくれる。大方御神楽で使用しているものの同型を調達して、罪を擦り付けようとするんだろうな」
「なるほど」
それなら準備自体は少なくて済む。
「サイバボーン・テクノロジー」が爆薬を準備するのならどこかでそれを受け渡しして仕事に挑むまで。
鏡介がその日程を確認、三人に共有する。
《結構急な日程ですね。前回の依頼での辰弥さんの不調を考えるともう少し休息が欲しいところですが》
日程を受け取った千歳が不満そうに呟く。
「いや、俺は大丈夫だよ。『イヴ』にも診てもらった、もう問題ないって」
そう、辰弥は平然と嘘を吐いた。
実際は「急激な老化現象が起こっている」と言われている。もしかしたら残された時間は思っているほどないのかもしれない。
それを、誰にも知られたくなくて、辰弥は嘘を吐いた。
こんなことで仕事のメンバーから外されたくない。自分が外れたことによって誰かに被害が出ることも考えたくない。
特に千歳にはこれ以上心配を掛けたくない。日翔や鏡介は「無理をするな」とは言っても最終的に自分の意志を尊重してくれる。しかし、千歳はそうはいかないだろう。
もし、自分があまり長く生きられないかもしれないと知れば――。
(これ、ブーメランだな)
「千歳ならこう考えるかもしれない」という自分のシミュレーション結果に、辰弥は苦笑した。
千歳ならきっとこう言う――「もう、戦わないで」と。「LEBという運命に縛られずに自由に生きて」と。
同じことを、以前、辰弥は日翔に言っていた。
日翔のALSを知った時に、「君は、
日翔が大切だったから、日翔にこれ以上苦しんでもらいたくなかったから、辰弥はそう言ったが、それは自分が今しがた考えた「千歳が言うかもしれない台詞」そのままである。
この言葉を言われて、素直に暗殺の道から外れることができるのか。否、それはあり得ない。
日翔はまだ借金という枷さえ外れれば表の世界に戻ることができるかもしれない。しかし、辰弥自身は。
LEBという、「人間を殺すためだけに造りだされた」生物兵器に表の世界など存在しない。
「戦わなくていい」と言われても、それ以外にできることなど何もない。
言われても無駄なことだから、千歳には知られたくなかった。
むしろ千歳こそ暗殺の道から外れてもらいたいものだ、と思う。
辰弥は千歳が何故暗殺者の道に踏み込んだのか、「カタストロフ」に入ったのか、そして除籍されたのかを知らない。それでも、もし可能性があるのなら表の世界に戻ってほしい、と思う。
それが自分のエゴだとは理解している。それでも、これ以上危険な目に遭ってもらいたくない。
自分の不調を考えると何かあった時に彼女を守り切れる自信がない。もし、日翔と千歳が同時に危機的状況に陥って、どちらかしか助けることができないとなった時に彼女の手を掴める自信がない。
確かに辰弥は千歳に対して好意を、恋愛感情を抱いている。
それでも、それ以上に日翔は大切な仲間だった。いくら千歳のことが好きでも、彼を裏切ることはできない。
「――おい、辰弥?」
急に鏡介に呼びかけられ、辰弥が我に返る。
「え? 何」
「何か悩んでいるのか?」
心配そうな鏡介の声。
「いや、別に――」
そうだ、今は依頼のことを考えるべきだ。表の世界に戻る話なんて考えていても仕方がない。
「悩んでも仕方のないことを考えてた。とにかく、『アカツキ』の本社ビルさえ倒壊させればいいんでしょ? 任せてよ」
とにかく爆薬を必要以上に仕込めば大抵なんとかなる。
それを分かっているだろうから「サイバボーン・テクノロジー」も余分に支給してくれるはず。
打ち合わせを進め、辰弥はふと考えた。
「もしあの時、御神楽の提案を受け入れていれば、日翔は確実に助けられたのだろうか」と。
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