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Vanishing Point Re: Birth 第5章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに移籍してきたうえでもう辞めた方がいいと説得するなぎさだが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
近日中に開始するという。その治験に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せる辰弥をよそに、今度はアライアンスから内部粛清の依頼が入る。
簡単な仕事だからと日翔を後方待機にさせ、依頼を遂行する辰弥と千歳。
しかし、その情報は相手チームに筒抜けになっており、その結果、辰弥は千歳に自分が人間ではないことを知られてしまう。

 

帰還した辰弥は念のためにと手配された闇GNSクリニックに赴き、精密検査を受ける。
その帰り道、鏡介に「秋葉原には気を付けろ」と言われたことについて考える。

 

自宅に帰った辰弥は今度は不調の検査のために渚の診察を受ける。
原因は不明だが、「急激に老化している」らしい。

 

 
 

 

 渚が辰弥の肩に手を置く。
「そもそも人間の寿命だって人間が適当に言っているだけのものよ。平均寿命が八十歳とか言われたとしてもあくまでも平均で誤差なんて上から下まで見たらきりがない。鎖神くんはその平均が分からないだで、仮にLEBの平均寿命が分かったとしてもそれより生きられるのか生きられないのかは分からないのよ」
「それは……分かってる……」
 平均寿命など知ったところで必ずそこまで生きられるとは限らない。それに暗殺業に身を置いている辰弥が長く生きるなど、無理な話である。どこで死ぬか分からないのにタイムリミットを聞かされたところでそこまで生きられる保証はどこにもないのだ。
 そうだね、と辰弥が呟いた。
「……ごめん、八つ当たりした」
「いいのよ」
 そう言って渚は辰弥から離れ、検査キットを鞄に収納した。
「とりあえず、わたしが言えることは鎖神くんは今後どんどん調子が悪くなっていくかもしれない。でも原因は分からない。何かしら外的要因があって老化現象が発生しているのならその外的要因を取り除けば回復するかもしれないけど純粋な老化現象だったらそれはあなたの寿命よ。それは考えておいた方がいいかもしれない」
「……うん」
 渚の説明に、辰弥は頷いた。
 患者本人になら、彼女は自分が知りえることをすべて開示する。そう考えると「分からない」も本当にデータ不足で根拠と共にはっきりしたことが言えないのだろう。それに、辰弥の体調に関しては今後データは増えていくはず。その過程ではっきりしたことが分かるかもしれない。
 それじゃ、帰るわ、と渚が鞄を肩に掛ける。
「あまり深く考えちゃだめよ」
「うん」
 辰弥が頷く。
 今は考えていても仕方がない。結局、時折起こる不調の原因は自身の老化現象に関わっているのだと考えるのが妥当だろう。その老化現象自体が外的要因なのか、LEBの寿命としてのものなのかは分からなかったが、残された時間は分からないとはいえそう長くないのかもしれない。
「暫くは様子見ね。だけど、データを取りたいから前よりは頻繁に検査させてもらうわ。どうせ前ほど輸血パック消費してないみたいだし多少血を抜いても問題ないでしょう」
 再び頷く辰弥。
 以前は何かを生成するのに必ず血液の消費があったが、今はトランスがある。トランスにより大幅に血液の消費量が減った辰弥は本来なら「以前より健康になった」と考えるべきなのだが。
「じゃあ、帰るわ。何かあったらすぐ呼んで」
 ひらひらと手を振り、渚が辰弥の部屋を出る。
 それについて部屋を出て、辰弥は玄関まで渚を見送った。
 玄関のドアを閉め、ドアにもたれかかる。
「……」
 ――鏡介には、言えない。
 いや、日翔にも言えないのは事実である。しかし、現状を考えると特に鏡介に伝えることはできない。
 今、日翔に治験の席を用意するために自分たちは戦っている。そんな状況で自分が戦力外になりえる話をするわけにはいかない。するとしても治験の席を確保してからだ。
 確かに辰弥は日翔と鏡介と共に未来を歩きたいと望んでいる。だが、それ以上に自分の命で日翔が助かるのならいくらでも棄てる覚悟はできている。治験の席を確保できるのなら、その結果自分が死ぬことになろうとも構わない。ただ、それが叶う前に死にたくないだけだ。
「日翔……」
 助けたい。新薬はその願いを叶える唯一の希望。
 勿論、日翔を殴り倒して強引に義体化させることもできる。むしろその方が確実に日翔を生き永らえさせるだろう。
 それでもその手段を使いたくないと辰弥が思ったのはひとえに日翔の意思を尊重したいからだ。
 「絶対に人工循環液ホワイトブラッドを身体に入れない」と言い張る日翔の意志を無視してまで義体化させることはできない。そんなことをすれば今まで築き上げてきた関係が壊れてしまう。
 だから、それ以外の方法で日翔を救う。それが叶わないのであれば――。
「……いや、日翔がそんなことを望むはずがない」
 日翔を一人で逝かせない、と思ってしまった自分の思考を叱咤する。
 後を追ったところで日翔が喜ぶものか。
 日翔はきっと言うだろう。「生きて、幸せになれ」と。
 自分の体調よりも辰弥の幸せを考えるような人間なのだ。いくら辰弥が人間でない存在であったとしても、それでもその幸せを第一に考える。
 武陽都に来てからもそうだ。日翔は辰弥に「幸せになれ」と何度も言った。
 その言葉に「俺のことはいいから」が含まれていることにも気付いている。
 日翔はもう覚悟を決めている。残された時間があとわずかであることを受け入れ、その準備を始めている。
「……嫌だよ……」
 ぽつり、と辰弥が呟いた。
「日翔も、幸せになってよ……」
 暗殺の道から、裏社会から逃れて、穏やかに、自由に生きてもらいたい。「残された時間」なんて考えずに、いつまでも、人間としての寿命を全うしてもらいたい。
 ――そのためなら、俺はなんだってするから――。
 どこかで聞いたことがある。「神」という存在がいて、人間を見守っていると。
 強く願えば、その願いは叶えられるかもしれないと。
 ――神様、もしいるなら、日翔を助けて。
 俺はどうなってもいいから。生命の理を捻じ曲げられて作られた俺なんてどうでもいいから。
 俺じゃなくて、日翔を生き永らえさせて。
 そう、祈るしかできなかった。
 LEBが祈ったところでその声は「神」に届くことはないだろう、という内なる囁きが聞こえるが無視をする。
 願うだけ無駄なのだ、と囁く声が憎たらしい。
 LEBにだって、大切な存在の無事を願う権利くらいはある。
 そう、自分に言い聞かせないと壊れてしまいそうだった。
「……辰弥?」
 渚が帰ったことに気付いたか、鏡介が玄関に顔を出す。
「『イヴ』は帰ったのか?」
「……うん」
 ドアから離れてリビングに向かおうとしながら辰弥が頷く。
「どうだったんだ? 何か分かったか?」
 辰弥の様子に良からぬ雰囲気を感じたか、鏡介が眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「いや、別に――」
 その一言だけで、鏡介は何かを察したようだった。
 自分の隣を通り過ぎようとする辰弥の頭をポンポンと叩く。
「あまり思いつめるな」
「鏡介――」
 ちら、と見上げてきた辰弥の顔が泣きそうになっているのを見て、鏡介が優しく微笑む。
「お前は日翔を助けると誓った、それでいい。お前がやりたいようにやれ」
 俺はそれについていく、と続けると辰弥は目を伏せ、「うん」と小さく頷いた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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