Vanishing Point 第7章
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惑星「アカシア」
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は
ある日、
依頼を受けては完遂していく三人。しかし
警戒はしつつも、雪啼と
そんな折に受けた依頼、現場にに現れた
突如乱入してきたカグラ・コントラクター特殊第四部隊隊長の
まずいところに喧嘩を売った、と不安になる三人。そんな折、これまで何度か辰弥たちが破壊工作を行ってきた「サイバボーン・テクノロジー」が
雨の日。
突然現れた男たちに「僕」の母親はどこかへと連れ去られていく。
「一週間の護衛」という依頼が始まって既に
一切の武器持ち込み禁止、館内は万全のセキュリティシステムだけでなく防衛機構が組み込まれた「サイバボーン・テクノロジー」系列会社の高級セキュリティホテル。
国の要人や特別に護衛が必要な人間がシェルターがわりに利用することもあるこのホテルで辰弥たちは泊まり込みの依頼を遂行していた。
普段の彼らなら決して泊まることのないクラスのホテル、特にそのサービスにテンションが上がっているのは
内装はここが物々しい警備で守られているとは一切感じさせない豪奢なもので客室の設備も最高級の物が取り揃えられている。
テンション爆上がり、ノリノリで依頼の護衛をこなす日翔だが辰弥と鏡介は常に気を張り詰めてホテル外からの攻撃はないか、内部に何かしらの方法で武器を持ち込んだ人間はいないかと警戒している。
今回の依頼はどこからか――恐らくはライバル
予告期間は十巡、そのうち二巡は凌げたが買収された社員による攻撃もあり、最終的に中立を保っているフリーランスの集まり、
アライアンスがこの依頼に最適なチームとして辰弥たち「グリム・リーパー」を選抜した、というのが今回の経緯である。
しかし、「グリム・リーパー」は現在辰弥が拾ってきた身元不明の少女、
鏡介と入れ替わりで休息兼待機用に充てがわれたスイートルームにあるベッドルームの一つに入り、辰弥はどさりとベッドに倒れ込んだ。
現時点では襲撃や食事への毒物混入といった異常事態は発生していない。
当然、戦闘が発生することもないので傷を負うこともないがそれでもいつ何時何が起こるか分からないため緊張状態は続いている。
三人で護衛するため、一人
高級ホテルで、しかも要人護衛ということで普段着慣れないスーツを着ていたため、ネクタイが首を締め付けるようで息苦しい。
寝返りを打って仰向けになり、辰弥はネクタイを緩めて息を吐いた。
スーツのまま寝転がっていてはしわになる、ということは頭では理解していても動く気になれない。
仰向けのまま、辰弥は空中に指を走らせた。
通信回線を開き、茜のGNSを呼び出す。
しばらくのコールの後、茜が応答する。
《あら鎖神くん、休憩?》
うん、と辰弥が頷く。
「そっちの状況はどうかなって」
そう、辰弥が聞いたものの茜の様子は少し焦っているようで、何かがあったのかと勘繰ってしまう。
「なんか慌ててない? 何かあった?」
《落ち着いてから連絡しようと思ってたんだけど――ああ、『イヴ』さん、その部屋使って》
一瞬、茜が振り返り後ろにいるらしき人物に声を掛ける。
「
アライアンスの人間の大半はメンバーの一員であり闇医者である八谷
その渚が茜の部屋に来ている。
茜本人は体調等になんの問題もなさそうなのでそう考えると可能性は一つ。
少々苦い面持ちで茜が頷いた。
《せっちゃんが倒れたの》
「雪啼が!?!?」
辰弥ががばり、と上半身を起こす。
依頼が始まる前、「パパと離れたくない」とぐずる雪啼はとても健康そうで大丈夫だと思っていたが。
「どういうこと、急病?」
確かに雪啼は
分からない、と茜が答える。
《『イヴ』さんの見立てでは重度の貧血らしいわ。緊急で輸血するからって準備してもらってたの》
なるほど、と辰弥が頷く。
しかし、雪啼が貧血と聞いて彼は一抹の不安を覚えざるを得なかった。
雪啼を預かってそれなりに日数が経過しているが、今まで一度も貧血など起こしていない。
そのため、寝耳に水の話ではあったが今までから貧血の兆候はあったというのだろうか。
それとも、普段とは違う食事で栄養バランスが偏ったか。
辰弥の眉間にしわが寄る。
「姉崎、雪啼にちゃんと食べさせてた?」
辰弥のその発言に、茜がえぇ~、と声を上げる。
《わたしがインスタント食品ばっかり食べさせてたって言いたいの? そ、それはもちろん、ちゃんと栄養バランスは、考えてたわよ……デリバリーも使ったけど……》
茜の言葉尻がどんどん下がっていくのはデリバリーを使ったという負い目からだろう。
いや別にそれで怒ったりしないし、と辰弥が茜をなだめる。
「でも、栄養バランス考えてたなら鉄分少ないとかそんなことはないよね」
《せっちゃん、『パパのレバほうれん草!』とか叫ぶから頑張って作ったわよ》
それなら鉄分不足による貧血というわけでもないだろう。
そう、思ったものの辰弥にはまだ懸念事項があった。
以前から辰弥と雪啼の血縁関係は何度も疑われていた。
それに関しては辰弥は頑なに「あり得ない」と否定してはいたが、外見――瞳の色が二人とも珍しい深紅ということで何かしらの関係はあるのではないかと言われている。
辰弥は否定するものの「なら証明しろよ」とDNA鑑定をするという話まで持ち上がっているくらいである。ただ、それを行う前に今回の依頼が入ってしまったのだが。
――それとも、まさか。
不安が辰弥の胸を締め付ける。
――まさか、雪啼は俺と同じ――?
いやそんなことがあるはずがない。
自分は雪啼を知らないし血縁であるはずがない、と否定し、辰弥は雪啼の容態を尋ねる。
すると、通話の向こう側で「わたしが話すわ」という声が響き、通話に渚が割り込んできた。
《ああ鎖神君、ちょうどいいところで掛けてくれたわね。せっちゃんは今輸血中、ちょっと大切なことだから話しておきたくて》
「大切なこと?」
渚の口調に、辰弥がふと不安そうな声を漏らす。
《ええ、とても重要なこと》
そこまで渚が話したところで、これは自分が聞いていてはいけない話題だろうと思ったのか茜が「私はせっちゃんの様子見てくるから」と言い残して通話から降りる。
二人きりの通話になり、渚は小さく息を吐いて口を開いた。
《せっちゃん、造血機能がひどく低いの。ほとんどないって言ってもいいかもしれない》
「どういうこと」
そう呟くように訊ねた辰弥の声がわずかにかすれている。
《言葉の通りよ。造血幹細胞がほとんど機能していないの。あの子、元々定期的に輸血しないと生きていけない体質かも》
「それは」
だったらおかしい、雪啼がうちに来てからそんなことは一度もなかった、と辰弥が反論する。
それとも、その手の病気を発症したのか、と推測して辰弥は渚に尋ねるが、通話の向こうの彼女は首を横に振ってそれを否定する。
《再生不良性貧血とでも言いたいの? 確かに先天性のものもあるけれども大抵は後天性、でもせっちゃんの場合、ちょっと違う感じなのよね》
「具体的には」
再生不良性貧血に関しては辰弥も聞きかじった程度の知識はある。「定期的に輸血が必要」という話でその可能性に至ったものの、渚は違うという。
《再生不良性貧血の症状じゃないもの。せっちゃん、あざとか出ててないし顔色が悪いわけでもない。なんと言うか……文字通り『血が少なくなった』という感じね》
「血が、少なくなった……」
かすれた声で辰弥が呟く。
その症状は――。
《鎖神君と同じね。貴方の貧血も血液の成分から来るものではなくて血液そのものが不足することが原因。まだ貴方の造血幹細胞は機能しているからそこまで重度の貧血には至らないけどせっちゃんは自分ではほぼ血液を作り出せない》
「なら、どうやって……」
《それは私が知りたいわ。それこそ、最近話題の吸血殺人事件の犯人だったりして》
まさか、と辰弥が呟く。
そんなことがあるはずがない。
雪啼はまだ五歳くらいの子供である。そんな子供が大の大人を殺して血を吸うなんてことができるはずがない。
そこまで考えてから、辰弥はふと思い出した。
今までの雪啼の行動の数々。
それに、辰弥は何度殺されそうになったか。
あれは事故だったり分別もつかず衝動的に行ったものだと認識していたが、「雪啼が犯人かもしれない」と考えるとある程度辻褄が合ってくる。
――雪啼は、本当に、俺を――?
「いや、まさかね」
首を振って辰弥は自分の思考を否定した。
それならまだ自分が無意識のうちに行った犯行だと考えた方が納得できる。
しかし、渚は辰弥のその思考を許さなかった。
はっきりと、自分の考えを口にする。
《鎖神君、ちゃんと調べた方がいい。せっちゃんは、貴方と同じかもしれない》
「それ、は――」
あり得ない。あんな五歳の子供が「自分と同じ」とは考えたくない。
そもそも四年前に――
《鎖神君、何を知ってるの?》
ふと、投げかけられた渚の強い言葉。
辰弥が言葉に詰まり、呆然としたように視界に映り込む彼女を見る。
「俺、は、何も――」
本当の話だ。雪啼に関しては何も知らない。
だから「可能性」の話としても信じたくなかった。
そんなことがあるはずがない。自分は、雪啼という存在を知らない。
しかし。
考えれば考えるほど、辻褄だけが合っていく。
雪啼が吸血殺人事件の犯人である可能性も、自分と同じである可能性も、そして自分に明らかな殺意を持っているということも。
どうすればいい、と辰弥は考えた。
雪啼のことを、もっと本気で調べなければいけないのか。
鏡介は
いや、その範囲は恐らく狭すぎる。
もっとその範囲を広げれば。
――いや、そんなことをすれば。
もう隠せないのか、と辰弥が唇を噛み締める。
強く噛みすぎて口内に錆びた鉄の味が広がるがそれに構っていられない。
「……ごめん八谷、俺にはもう何も言えない」
《……そう、》
渚が低い声で呟く。
《まあ、鎖神君がそう言うならこっちは強く言えないわ。私と貴方の約束でしょう》
「八谷、」
《でも、覚悟はしておいた方がいいんじゃないかしら。遅かれ早かれ、はっきりすることになるわよ》
これ以上は隠し通せないと渚は言う。
潮時かもしれない、と辰弥も小さく頷いた。
全てが明らかになれば自分は確実に「グリム・リーパー」に残留することはできないだろう。
それでもいいか、とふと思う。
自分は元から普通に存在していい存在などではない、そんな思いが辰弥の胸を過る。
「……ありがとう八谷」
不意に、辰弥が呟くようにそう言った。
《いきなり何を》
怪訝そうな渚の顔。
ふっ、と辰弥がかすかに笑みを浮かべた――ように彼女の視界に映る。
「いや、俺もここまでかなって。この四年、楽しかったよ」
《まさか鎖神君、貴方――》
ちょっと待って早まらないで、と渚が言う。
それは勿論、と辰弥も答える。
「仕事があるんだ、今日明日にとかは考えてないよ。ただ、やっぱり俺は生きてていい存在じゃない」
《鎖神君……》
「今回の依頼が終わったらその時に考えるよ」
何かを決断してしまったような辰弥の声。
渚がそれは、と引き留めようとするが、辰弥は「とりあえず雪啼はちゃんと診てあげて」とだけ言い残して通信を切断してしまう。
「……」
再びベットに仰向けに転がり、辰弥は天井を見上げた。
深紅の瞳が豪華な装飾の天井を彷徨うように見る。
「……そういうものだよね」
ぽつり、と呟く。
日翔はともかく、鏡介は辰弥に多少の疑問を持っている。
遅かれ早かれ全ては暴かれるだろうと覚悟していたが、その時がいよいよ来たと考えていいだろう。
――本当は、もう少し――。
考えていても仕方ない。
とりあえず、次の交代までしっかり休まなければ、と辰弥は思い直し、部屋着に着替えるために体を起こした。
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