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Vanishing Point 第7章

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 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 そんな折に受けた依頼、現場にに現れた電脳狂人フェアリュクターに辰弥が襲われ、後れを取ってしまう。
 突如乱入してきたカグラ・コントラクター特殊第四部隊隊長の御神楽みかぐら 久遠くおんを利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 鏡介きょうすけが調べた結果、特殊第四部隊の介入は直前に御神楽財閥が侵入先の会社を買収していたことによるものだと突き止める。
 まずいところに喧嘩を売った、と不安になる三人。そんな折、これまで何度か辰弥たちが破壊工作を行ってきた「サイバボーン・テクノロジー」が暗殺連盟アライアンスに要人の護衛を依頼してきたのだった……

 

 雨の日。
 突然現れた男たちに「僕」の母親はどこかへと連れ去られていく。

 

 今回の依頼は「サイバボーン・テクノロジー」の重役の護衛。しかしその護衛対象の女性は鏡介きょうすけの母親らしい。
 そんな折、雪啼せつなが倒れたという報せが入り、辰弥たつやは彼女が自分と同じではないかと問いかけられる。

 護衛対象とゲームに興じる日翔あきと
 護衛対象は鏡介きょうすけが息子と知らずか、ちょっかいをかける。

 武器持ち込み禁止のセキュリティホテルに武装した人間が乗り込んできたことで辰弥たつやは護衛対象の移送を決意する。
 日翔あきとに武器を手渡し、一同は呼び寄せた運び屋ポーターの元へと向かう。

 護衛対象の真奈美まなみを庇って撃たれた鏡介きょうすけ。義体特有の人工循環液ホワイトブラッドに驚くものの病院に連れて行こうとする日翔あきと
 本来なら依頼最優先となるところではあるが、敵が真奈美の位置情報をロストしたらしいということで一同はひとまず運び屋ポーターが知る闇義体メカニックサイ・ドックを頼ることにする。

 闇義体メカニックサイ・ドック鏡介きょうすけを託した日翔あきとは考える。
 親が反義体ホワイトブラッド派で、その影響を受けている日翔はこのまま鏡介と組んでいいのかと。だが、答えはすぐに出る。

 真奈美まなみを確実に逃がすために現場に一人残った辰弥たつや
 被弾しつつも安全な場所に逃れた彼は、摘出した銃弾が、そして敵が使っていた銃が生体兵器であることを知り、今回の依頼人「サイバボーン・テクノロジー」を目の敵にしている「ワタナベ」が全てを仕組んでいたということを知る。

 

 何度も自分を呼ぶ声が聞こえる。
 うるさいな、と鏡介は目を開け、声の方向に視線を投げた。
「鏡介!」
 日翔が泣きそうな顔でひたすら鏡介の名を呼んでいる。
「……うるさいな」
 そう、応えた声がかすれていて、鏡介は顔をしかめた。
「鏡介! よかった……」
 そう言って、日翔が安心したようにベッド脇の椅子に腰を落とす。
「鏡介君、助かってよかったわ」
 日翔の横で座っていた真奈美も鏡介の手を取り、そう言う。
 それを見て、鏡介は現在自分が置かれている状況を漸く把握した。
 上半身を起こし日翔を睨みつけようとするが麻酔をかけられているのか身体が思うように動かない。
「まだ動くな、辰弥も無事だ」
 あいつの事は心配するな、後で合流できると日翔が説明する。
「バカかお前、護衛対象をこんな危険なところに――」
「大丈夫よ、追手は振り切ったし私のGNSの位置情報はオフにしてる、ここを見つけるにも相当な時間がかかるはずよ」
 鏡介の手を握ったまま、真奈美が彼を落ち着けるように言う。
「……だったら、いいが」
 天井を見上げ、鏡介が呟いた。
「お前、運がよかったな。撃たれたのがよりによって義体化してる腎臓だったから弾がそこで止まって致命傷は免れたらしい」
 ていうか、内臓を義体化してんのか? という日翔の問いに、鏡介はああ、と頷いた。
「ちょっと色々あってな……」
「でも、本当に無事でよかった。私のせいで貴方がと思うと自分が許せなかったわ」
 心底ほっとしたように真奈美が言う。
「何を……俺とあんたはただの依頼人と護衛という関係だ。気に病む必要は」
「思い出すのよ」
 鏡介の言葉を、真奈美が遮る。
「思い出すって」
 一瞬ドキリ、として鏡介が訊ねる。
「私ね、息子がいたの。生きてたら……貴方くらいかしら」
 再びドキリとする鏡介。
「それは――」
「私、『サイバボーン・テクノロジー』に入社する前は夜の街で働いてたの。言ってしまえば身体を売って生きてきたのよ。生まれも育ちもスラム街で、女の武器と言えば身体だけ。だから頑張って高級娼館に下積みから入ってなんとかトップに立つまでになったのよ」
 真奈美の口から明かされる過去。
 鏡介が想像していたよりはるかに過酷なその過去に絶句する。
 幼い頃はそんなことは何一つ分かっていなかった。
 夜、寂しくても手を握ってくれる人すらいない、と母親を恨んだこともある。
 今なら分かる。
 生きるためなら、子供を育てるためならこうでもしないと無理だったということくらい。
「そんな時にね、CEOと出会ったの。そこで思ったわけよ。『この生活を抜け出すならこの人の弱みを握って入社すればいい』って。そこで弟に相談したらハッキング用のチップをもらってね、それを使ってCEOのGNSから機密情報を抜き取ってわたしのGNSに入れたの。それがきっかけで『サイバボーン・テクノロジー』も私を取り込まざるを得なかった」
 あ、弟はハッキングを少しかじっててね、別の街に住んでたのよと真奈美が説明する。
「でも、誤算があったの。CEOに言われたのよ。『息子までは連れていけない』って」
 それで、まだ小さい息子を一人取り残すことになってしまった、と真奈美は悲痛そうな顔で言う。
「今でも覚えてる。あの激しい雨の日、私が乗ったリムジンを追いかける息子の姿を。外部と連絡を取ることはできなかったけど何とかして弟には連絡して息子を保護するよう頼んだ。けど、弟ともそれっきりで二人とも生きてるかどうか分からない」
「……真奈美、さ――」
 かすれた声で鏡介が真奈美に声をかける。
 俺はここにいる、俺こそあんたが探していた息子だ、そう言いたいが声が出ない。
「『サイバボーン・テクノロジー』に引き込まれたとはいえ最初は下っ端でね、それでも頑張って重役にまで上り詰めたの。CEOの勧めで結婚もしたけど子供はできなくてね。でも今の立場になってから多少は自由に動けるようになったからずっと探してるの。今更遅いとか言われそうだし恨まれてるかもしれないけど、一緒に暮らしたいって」
「……」
 鏡介が真奈美の顔を見直す。
 そんなことを思っているのか、と心がざわつく。
 名乗れ、名乗るんだと鏡介は自分に言い聞かせる。
 俺があんたの息子だと。別に俺はあんたを恨んじゃいない、と言いたいがどうしても声が出ない。
「……もしよかったら、あんたの息子探すの手伝おうか?」
 不意に、日翔がそう声をかける。
「日翔、何を――」
 驚いたように鏡介が言うが、真奈美にはそれが「依頼人クライアントにそこまで同情するんじゃない」という意思表示に見えたらしい。
 少し考え、真奈美は笑った。
「……いいえ、やめておくわ。これ以上貴方たちに迷惑はかけられない」
「そんな、迷惑だなんて」
「それに私、イケメン大好きなのよね。もし息子が鏡介君みたいなイケメンだったら食べられないじゃない」
 真奈美が冗談めかしてそう言った瞬間、日翔と鏡介の肩がガクリと下がった。
 ――そういうものなんですかい。
 日翔が内心そう毒づくが口にはしない。
「だから、息子は自分で探すわ。ありがとう、日翔君」
「あんたがそう言うならしゃーねーな。でも、もし何か分かったら連絡するから名前くらいは教えろよ」
 ――日翔、こいつ。
 日翔の発言に、「こいつさりげなく俺の本名探る気だ」と思った鏡介が日翔を牽制しようとするが麻酔が抜けきっていない身体は思うように動かず、また、真奈美に手を握られてることもあり何もできない。
「そう? それなら……」
 真奈美が一度言葉を切る。
「……正義まさあき永瀬ながせ 正義」
「正義、か……いい名前じゃねーか」
 そう言って、日翔はちら、と鏡介を見た。
 ――いい本名もってんじゃねーか。
 ――うるさい、殺すぞ。
 日翔と鏡介が視線だけで会話する。
 そんなことはつゆ知らず、真奈美が話を続ける。
「正義はね、父親が分からないの。私がドジっちゃって客の子を孕んじゃって。でも大切な息子であることは変わりないし、あの時一緒に連れていけなかったことを今でも後悔してる」
 そっか、と日翔は頷いた。
「じゃ、もし何か分かったら連絡するぜ。こういう縁は大切にしないとな」
 そう言って、笑う。
 真奈美もつられて笑う。
「しかし、なんで今回あんたは狙われることになったんだ?」
 話が一区切りしたからか、ふと日翔が真奈美に質問した。
「ちょ、日翔!」
 依頼人クライアントに事情を聴くのはご法度である。アライアンス側から厳しい罰則を受けることもあり得るのに、日翔はなぜ訊いてしまったのか。
 すっかり打ち解けてしまって口を滑らせたのか、と鏡介は思うも、真奈美は「そうね」と小さく頷いた。
「いや、言わなくていい! アライアンスの規則だ!」
 鏡介が慌てて真奈美を止める。
 このままではアライアンスの禁忌を破ってしまう、流石にそれはまずいと鏡介が思ったそのタイミングで、部屋のドアがノックされた。
「おい、お前らの連れとか言う奴が来てるんだが」
 ドアを開けて首だけ出してそう言ってきたのは鏡介を治療した闇義体メカニックサイ・ドックだった。
 闇義体メカニックサイ・ドックは鏡介をちら、と見てそれから不満げに頷く。
「ちっ、生きてたか。死んだらその人工臓器全部いただこうと思ってたんだがな」
 内臓の義体は高く売れるんだよ、などと言いつつも闇義体メカニックサイ・ドックは改めてドアを開けて連れてきた人物を招き入れる。
「辰弥!」
 入ってきた人物――辰弥に日翔が駆け寄る。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
 心配そうな日翔に対して、落ち着き払った様子の辰弥。
「大丈夫だよ、それより鏡介は」
 そう言ってから、辰弥は「しまった」と顔をしかめる。
「……なんで名前で呼んだの」
「……すまん、もうバレてる」
 両手を合わせ、日翔が謝る。
「日翔、口軽すぎ」
 そう言いながら辰弥がベッドに歩み寄り、鏡介を見る。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない」
 止むを得ないとはいえ義体メカニックサイ・ドックの世話になったから背中が防弾仕様の義体になった、麻酔さえ切れてればもう動けるんだがと言う鏡介に「今は安静にしてて」と指示し、辰弥は室内を見回した。
「搬入先が闇義体メカニックサイ・ドックの所と聞いてびっくりしたよ。鏡介、義体化してたって?」
「ああ、内臓の一部が義体だってさ」
 鏡介の代わりに日翔が説明し、辰弥がなるほどと頷く。
「まあ、それが原因で助かったならそれでいいよ。それよりも護衛対象を狙った張本人が分かった。『ワタナベ』だ」
「「はぁ!?!?」」
 日翔と鏡介が同時に声を上げる。
 辰弥はあの単独行動の間に実行犯が「ワタナベ」だと確信を得る何かを見つけたというのか。
 いずれにせよ、生還しただけでも儲けものなのに敵の素性まで見つけてくるとは大した奴だと鏡介が思う。
「どういうことだよ『ワタナベ』って……」
 なぜ辰弥が「ワタナベ」と特定したのか分からず、日翔が訊く。
「そもそもあいつらがどうやって武器を持ち込んだかが疑問だったんだけど、あいつらが使ってたのは生体兵器だった。多分、手荷物検査全部クリアできるレベルに武器じゃない形状をしてて、使うときに急速成長させてたんだと思う」
「生体兵器……確かに『ワタナベ』は生物兵器バイオウェポンを開発してると言ってたな。あれか、動物の姿をしてるとかじゃなくて武器の形をした、生物……」
 辰弥の言葉に、鏡介が苦々しげに呟く。
「まさか生体兵器がもう実戦投入されているとは……」
「そうだね。見た感じリロードの間隔も通常のものに比べてすごく長い。あんなものが世の中に出回ったら企業間紛争コンフリクトのパワーバランスも変わるし手に入れることができたら簡単にテロが起こせてしまう」
 そうだな、と頷く日翔と鏡介。
 今後巨大複合企業メガコープ絡みで依頼が来たら大変かもね、と話し始めた三人に、真奈美がおずおずと声をかけた。
「……『ワタナベ』って言ったわね。私、心当たりあるわ」
「え?」
 真奈美の言葉に真っ先に反応したのは鏡介だった。

 

第7章-10

 


 

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