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Vanishing Point 第13

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
 帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉に反論できない辰弥。
生物兵器LEBだった。
 確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
 それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
 拘束された辰弥を「ノイン」として調べる特殊第四部隊トクヨン。しかし、「ノイン」を確保したにもかかわらず発生する吸血殺人事件。
 連絡を受けた久遠は改めて辰弥を調べる。
 その結果、判明したのは辰弥は「ノイン」ではなく、四年前の襲撃で逃げ延びた「第1号エルステ」であるということだった。
 「一般人に戻る道もある」と提示する久遠。しかし、日翔たちの元に戻りたい辰弥にはその選択を選ぶことはできなかった。
 辰弥が造り出された生物兵器と知った日翔と鏡介。しかし二人は辰弥をトクヨンの手から取り戻すことを決意する。
 IoLイオルに密航、辰弥が捕らえられている施設に侵入するし、激しい戦闘の末奪還に成功する日翔と鏡介。
 鏡介はトクヨンの兵器「コマンドギア」を強奪し、追撃を迎撃するが久遠の攻撃とリミッター解除の負荷により右腕と左脚を失ったものの、桜花への帰還を果たす。
 しかし帰国早々聞かされたのた失踪していた雪啼が吸血殺人を繰り返していることとそれを「ワタナベ」はじめとする各メガコープが狙っていることだった。
 包囲網を突破し、雪啼を確保することに成功した辰弥と日翔。
 義体に換装した鏡介に窮地を救われたもののトクヨンが到着、四人はなすすべもなく拘束される。
 ノインが御神楽の手に落ちたことを知った「ワタナベ」傘下企業の攻撃も飛来するがそれはカグラ・コントラクター保有の宇宙戦艦「ソメイキンプ」が撃墜、拘束された四人はそのままトクヨン旗艦「ツリガネソウ」へと収容される。

 

13章 「Weak Point -弱点-」

 

 「ツリガネソウ」に連れてこられた辰弥たつやたち三人はそれぞれ独房に収容されるかと思ったがそんなことは一切なく、普通に一般隊員用の四人部屋に案内され、拍子抜けしていた。
「え、こういう時普通独房にぶち込むだろ?」
 どうしても疑問を晴らしたかったのか、日翔あきとが不思議そうにウォーラスを見る。
 確かにこの部屋に来るまでは特殊第四部隊の隊員に銃を突きつけられながら案内されていたが、部屋に入ったのは三人とウォーラスのみ。他の隊員は通路で警戒しているのだろうが、あまりにも警戒が緩すぎる。
「抵抗するか? 抵抗したところで現時点のお前たちでは脱出など無理だろうに」
 余裕そうな口調でウォーラスが言う。
 実際、今辰弥たちがいるのは空中空母「ツリガネソウ」である。
 もちろん、脱出艇の類はあるだろうがそれを奪って逃げたとしてもすぐに追跡されて連れ戻されるだろう。
 そこにどれだけの犠牲が出るかは想像もつかないがそれでも逃げることで無駄な血が流れるのは事実。
 ここは指示に従った方がいい、と判断した辰弥は日翔と鏡介きょうすけに「今は無駄に暴れないで」と指示を出した。
 いくら反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリアを搭載した義手であっても防御に特化しただけで戦闘には不向きということで鏡介は小さく頷いて静かにしている。
 日翔は日翔で現場を打開できる道が見えない以上は辰弥の指示に従った方がいいと判断したか、大人しくしている。
「……雪啼は、」
 ふと、気になって辰弥がウォーラスに尋ねる。
 別の輸送機に乗せられてからここに来るまで雪啼の顔は一度も見ていない。
 別の部屋に監禁されているのだろうが、まさか五歳児……いや、もっと幼い雪啼を独房に入れたというのであれば話は別である。
 雪啼に何かあれば抵抗する、という雰囲気を見せる辰弥にウォーラスは「大丈夫だ」と答えた。
「ノインを独房に入れると思ったのか? いくらLEBであったとしても子供を独房に入れるほど私たちも心無い人間ではない。空いている個室で監禁させてもらった」
 流石に監禁しておかないと犠牲者が出るからな、というウォーラスの言葉に辰弥はほっとしたように肩の力を抜いた。
「だったらいい」
 その言葉に辰弥も抵抗するつもりはない、と判断したウォーラスはオーグギアを操作し三人の手錠のロックを解除、回収する。
「……え、」
 ウォーラスの行動に、辰弥が困惑したような声を上げる。
「流石に拘束解除されたら俺だって」
「私を殺せる、か? 自惚れるな、私が死んだところでお前たちが脱出できる可能性はほとんどないぞ」
 冷静なウォーラスの言葉。
 確かに、逃げられないのなら無駄に血を流す必要はない。
 それに拘束を解除するのであれば何らかのチャンスをものにすることができるかもしれない。万一勝ち筋が見えたならその時に動けばいい。
 分かった、と小さく頷き、辰弥は手近なベッドに腰掛けた。
 日翔もそれに続いて辰弥の隣に座り、鏡介はその二人に向かいに座る。
 ウォーラスが退室し、部屋のロックがかけられた音を聞いてから、日翔は一つ大きなため息をついた。
「……結局、振り出しに戻った感じだな」
「いや、もっと後退したようなものだ。俺たちも雪啼も全員カグラ・コントラクターカグコンの手に落ちたも同然だからな」
 日翔の言葉に鏡介が落ち着き払ったように呟く。
「……流石にここのロックも『ツリガネソウ』の中央演算システムメインフレーム制御か……ハッキングしてロック解除は無理そうだな」
 a.n.g.e.l.エンジェルに相談していたのだろう、鏡介がそう続け、辰弥を見た。
「これはお前次第だが、お前がこの扉を破壊するというのなら俺は止めない」
「あー……」
 鏡介の言葉に、辰弥は低く唸った。
「いやぁ、一応考えたんだけどねそれ。でもそれは今じゃないかなって」
「なるほど」
 辰弥もその手は考えていたか、と認識し、鏡介が頷いてベッドに寝転がる。
「とりあえず、話が進展するまで俺は寝る」
「あら、せっかく話をしようと思ったんだけど後の方がよかったかしら」
 鏡介が寝転がったタイミングでロックが解除され、扉が開かれる。
「……げ」
 自分の呟きをバッチリ聞かれてしまった鏡介が気まずそうに体を起こしたのと、久遠くおんが室内に足を踏み入れたのは同時だった。
「何しに来たの」
 身構えることなく辰弥が久遠に問いかける。
 だが、その視線だけはしっかりを彼女を見据え、場合によっては抵抗する、と言わんばかりの雰囲気を漂わせている。
 その久遠はというと二週間前に辰弥に義体を粉々にされたことがなかったかのように新しい義体に換装して三人の前に立っている。
第一号エルステ……辰弥と呼べ、ということだったわね。辰弥君、あの時はほんとよくやってくれたわね。おかげさまで最新の義体のテストをすることになったわよ」
「それはどうも。あんたが望むならもう一回耐久テストしておく?」
 こっちは万全だから亡霊の幻影ファントム・ミラージュはいつでも撃てるけど? と挑発する辰弥。
 それに対しては久遠は首を横に振ることで拒否をする。
「どんな物質の義体であっても単分子ワイヤーモノワイヤーに耐えられるほどの強度は得られないから遠慮するわ。逆に言うと、それだけ貴方は危険な存在ってこと」
 そう言ってから、久遠は室内の三人を見回した。
「……で、ここからが本題。あなたたち、一般人になるつもりはない? どうしても戦いたいと言うのなら特殊第四部隊トクヨンで受け入れるつもりもあるけど、そこまでして戦い続けたいタイプには見えないわね」
 久遠の言葉に、辰弥は「またその話か」と思った。
 確かにその話は悪い話ではない。日翔と鏡介も一緒に一般人になることができるのであれば、今までの生活から暗殺を抜いただけで新しい生活を送ることができるかもしれない。
 しかし辰弥には迷いがあった。
 本当にそれでいいのか、という内なる声の囁きが聞こえる。
 その囁きは自分のLEBとしての闘争本能の囁きだと一蹴することはできる。
 それでも、本当にその道を歩んでいいのか、という不安がある。
 何が不安なのかは自分でも分からない。
 いくら御神楽の監視下という条件であったとしても血を吸わなくていい、殺しをしなくてもいいというのであればそれは日翔と鏡介にとっても望ましいことである。
 それなのにどうして手放しで頷けないのだろう。
 ――それとも、どこかで俺の力を利用しようとしている可能性か。
 自分は人間ではない。戦闘用に造り出された生物兵器である。
 いくら一般人になれたとしても、どこかの巨大複合企業メガコープが自分を利用しようと手を出してくる可能性はある。
 実際のところ、どのメガコープにも属する気は辰弥にはなかった。
 ただ暗殺連盟アライアンスで今まで通り気楽に暗殺していればいいと考えていた。
 事態はそこまで甘くないことは理解している。御神楽の監視下でなくても同じ道を辿る可能性はいくらでもある。
それでも、いや、それだからこそ辰弥は「自由に生きたい」のだ、と気がついた。
 いくら殺しをしなくていいとなっても御神楽の監視下だと本当の自由は得られないのだ、と。
「……やっぱり、トクヨンには入りたくないし御神楽の監視下ってのも個人的には受け入れたくないんだよね……もっと、自由に生きたい」
 ぽつり、と辰弥が呟く。
「確かに『一般人になる』という道は魅力的だと思う。殺しをしなくてもいいという生活は日翔にも鏡介にも必要な生活だと思う。だけど……。そこに少しでも『自由』を束縛する要素があるなら、ちょっと受け入れられないな、って」
「……『自由』、ね……」
 辰弥の言葉に久遠が小さく頷く。
「分かるわよ、自由に生きることの大切さを知ったのならそれを守るべきだってことくらい。だけど勘違いしてない? いくら御神楽私たちの監視下で生活することになるって言っても、殺しを含む犯罪行為以外の行動は制限しないわよ」
 私が懸念しているのは貴方がその力を使い続けることだけ、その力さえ使わないなら何も制限する気はないわ、と久遠が続ける。
「だから何も心配することはないわよ。仮に貴方の力を狙った他企業があったとしても御神楽は全力でそれを阻止するって言ってるの。貴方が無理に力を使って戦う必要はないの」
「……」
 久遠の言葉に一瞬気持ちが揺らぐ。
 そこまでしてくれるのなら、久遠の提案を受け入れるのもいいのではないか、と。
 そして同時に思う。「どうして人間ではない自分にそこまで」と。
「なんだよ、そんなこと言ってどこかで辰弥を利用する気なんだろ、御神楽っていつもそうだもんな」
 不意に、日翔がそう声を上げる。
 同時にすっ、と辰弥の前に片腕を伸ばして「辰弥には指一本触れさせねえ」とばかりに久遠に対して敵意を露わにする。
「あらあら、威勢のいいこと。貴方じゃ私に傷ひとつ付けることなんてできないでしょうに」
「なにをう!」
 ため息混じりに久遠が放った言葉に日翔が彼女に噛み付かんばかりの勢いで凄む。
「日翔やめろ、無駄だ」
 鏡介が日翔を止める。
「でも鏡介!」
「御神楽の提案は俺たちにデメリットがない。むしろメリットしかない。何かあった時に辰弥を守ってくれるのであれば、この話は受けたほうが賢明だと思う」
 久遠の話を冷静に分析した鏡介の言葉。
 鏡介は続ける。
「日翔、お前が反御神楽の陰謀論に染まっているのは分かっているがだからと言って何もかもを信じようとしないのはお前の悪い癖だぞ」
「何を! 御神楽なんて、身勝手に辰弥を造ってんだぞ! 自分たちの勝手で造っておいて、危険だから管理しようって話だろ? 辰弥は、もっと自由に――」
「その結果、辰弥が苦しむことになったとしてもか?」
 静かだが、それでも日翔には確実に鋭い一撃となる言葉が鏡介の口から紡ぎ出される。

 

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