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Vanishing Point Re: Birth 第8章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。
そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した永江ながえ あきらの拉致を計画、辰弥がそれを実行する。
晃を拉致した結果、日翔と辰弥に希望の光が見える。

 

昴がノイン捕獲作戦を実施すると辰弥に宣言する。

 

捕獲作戦開始。昴の読み通り、晃を餌にしたことでノインがその姿を現す。

 

ノインの戦闘能力はすさまじく、「カタストロフ」のノイン捕獲チームは殲滅されてしまう。

 

ノインによって晃が拉致され、辰弥と日翔を救うという話は白紙に戻ってしまう。

 

自分を囮にしてノインをおびき寄せろと昴に詰め寄る辰弥。だが、昴はそれを否認する。

 

 
 

 

 自宅に戻った辰弥は心配そうに玄関まで出迎えてくれた千歳をぎゅっと抱きしめた。
「どうしました、辰弥さん」
 千歳も辰弥を抱きしめ返し、優しく問いかける。
「宇都宮に……待てって言われた」
「……そりゃあ、そう言われますよね」
 辰弥の体調、LEB同士が戦うことのリスク、そういったもの全てを考慮すれば昴の指示は適切なものだと分かる。
 ただ、辰弥はそれに納得していないだけだ。
 昴に言われたことは全て理解できる。論理立った最適解であることも分かっている。
 辰弥が「日翔を自分の手で助けたい」とわがままを言っているだけだということも分かっている。
 だからこそ、辰弥が昴の言葉を聞き入れ、無断で飛び出すこともなく戻ってきたことは嬉しかったし偉い、と千歳は思った。
 小さい子供に対しての感情かもしれない。しかし、辰弥の実年齢が七歳であることを考慮すればこの感情は仕方ないだろう。
 そう言いながらも、千歳は辰弥と踏み入った関係になってしまっていたが。
「……待つのが、こんなに怖いって思わなかった」
 ぽつり、と辰弥が呟く。
「待つ、とか、我慢する、とか、昔は当たり前だったんだ。期待なんてしちゃいけない、何も望んじゃいけない、ただ俺は兵器として、言われたことを、言われた通りにすることだけを望まれていた。人を殺して当たり前、実験されて当たり前、痛めつけられて当たり前、そんな毎日だったのに……。それが当たり前じゃない、異常だと分かって、期待していい、望んでもいいって日翔に言われて、嫌なことは我慢しなくていいんだって鏡介に教わって……。そして君は、俺でも誰かを好きになっていいって教えてくれた。俺は人間じゃないけど、人間として生きていいんだって、みんなが教えてくれた。だから俺はそのみんなの希望に応えたい。だけど、今の俺に残された時間じゃ、俺が望んだ結末を見届けることはできないんだ」
 千歳の胸に顔を埋め、辰弥が自分の心の内をぶちまける。
「だから、せめて俺が死ぬ前に日翔が元気になるところは見届けたいんだ。なのに、宇都宮は『今は待て』って言うんだよ。それは、あまりにも……残酷すぎる」
 永江 晃が連れ去られた今、俺が生き延びる道は完全に断たれたから、と辰弥が続ける。
「待ってられないよ……日翔の元気な姿を、見たいよ……」
「辰弥さん……」
 辰弥の名を呼び、千歳が頭を撫でる。
 いくら辰弥が待っていられないと言っても、今は待つしかできないことは千歳にも分かっていた。
 じゃあ、抜け出してノインを確保しましょう、とも、天辻さんのもとに戻りましょう、とも言えなかった。
 ただ、言える言葉は一つだけ。
「信じましょう、宇都宮さんを」
 辰弥の頭を撫でながら、千歳が囁く。
「私は宇都宮さんの手腕を信じています。きっと、上手く行きますよ」
 その言葉に何の説得力もないけれど。
 自分の言葉が辰弥を落ちつける、ということは理解していた。
 自分が言えば、分かってくれる、そう信じていた。
 その千歳の考え通り、彼女の胸の中で辰弥は小さく頷いた。
「……そうだよね」
 まるで自分に言い聞かせるように、辰弥はそう呟いた。
 晃が連れ去られたのは、昴がLEBの性能を見誤ったからだ。
 ノインの戦闘データは手に入ったはず、それなら次しくじるわけがない。
 昴は必ずノインを確保し、晃も奪還する。
 そうなればあの話は再開する。
 それを信じていればいいのだ。
「……ごめん、感情的になりすぎた」
 千歳から見ればそこまで感情的に言葉を紡いだわけではなかったが、辰弥はそう言って謝罪した。
 自分なんかが感情的になってもいいことがないのに、と小さく続ける辰弥に千歳がゆっくりと首を振る。
「いいんですよ」
 もっと感情的になっても。
 自分の思いを、感情を全部ぶつけてくれればいい、と千歳は口にせず呟く。
 自分にだけその感情を見せて、と思ってしまう。
 辰弥は鏡介を裏切った。千歳と「グリム・リーパー」を秤にかけて千歳を選んだ。
 私のものになったのだ、という思いが千歳にはあった。
 だからこそ、辰弥の感情の全てを受け止めたい。
 辰弥が顔を上げ、千歳を見る。
 その頭を引き寄せ、千歳は辰弥と額を合わせた。
 こつ、という感覚に、普段は低めのはずの辰弥の体温が上がっていることに、期待してしまう。
「千歳……」
 辰弥の手が千歳の頬に触れる。
「……いいの?」
 遠慮がちな辰弥の質問。
 いいんですよ、と千歳が笑う。
「辰弥さんが、望むなら」
「……うん」
 欲しい、と辰弥が小さい声で言う。
「いいですよ」
 時間はたっぷりありますから、と千歳が辰弥を誘う。
 もう一度辰弥がうん、と頷き、二人は奥の部屋へと消えていった。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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